笑えるけど素敵…!やたらと効率良く徳を積もうとするタイ人独特の考え方

タイの仏教には「徳を積む」という独特の考え方があります。

タイでは徳は「タンブン」と言われ、このタンブンを積むほどいいことがあると考えられています。

簡単に言えば良いことをすれば、それが自分に帰ってくる…といった感じです。これは日本人にも馴染みやすい考え方だと思います。

しかし、ここが重要なのですが、タイにおけるタンブンはお坊さんや弱者、障害者など困っている人々を助けるほうが、普通の人を助けるよりも徳点が高いと考えられているのです。

つまり、効率良く徳を積むために、普通の人には見向きもせずに弱者や障害者をやたらと助けたがるという状況が発生しています。

なんか違うような気がしないでもないですが(笑)、目的はどうであれ弱者に親切な社会は素晴らしいことですよね。


効率良く徳を積もうとするタイ人マインド

職場にて。 連休中に松葉杖生活してたら、近所のタイ人がやたらと親切にしてくれたと話した所。 『タイ人にとって徳を積む行為は大切、特に困っている人を助けるのは徳が高い』との事。 つまり僕は徳点の高いボーナスキャラだった訳です。 タイ人のそういう所、好きです。

僕はこの『徳は積みたいけど面倒くさいから、お坊さまや弱者や困ってる人を率先して助けて、効率良く徳を稼ごう』と言うかタイ人マインドがとてもとても好きです。

ネットの反応

まさに「情けは人のためならず」ですねw

正しい意味としても、誤用としても意味が通るのは流石ですw

タイでは、鳥やナマズが、逃して徳を積む用として売られています。 売ってる方は徳もクソも無いのが面白いところですが。

タイ人の合理的な思想とも言えますw

日本にも江戸時代に似た風習(放生)があったそうですよ。 しかも、放し亀売りとかも商売として成り立っていたそうです。 何だか面白いですね。

落語でそんな話を聞いた覚えがありますね。 同じ仏教国だからですかね。

昔から割とマジでボランティアや人助けをしたらポイントになる仕組みがあったら良いのにと思っているそのポイントで社会的に評価されたり買い物ができたりサービスを受けられたりしたら人助けが習慣化され治安が良くなったりイジメがなくなったりしないかなT德ポイントを貯めてみんなで極楽に行こう笑

仏ポイントの実装が待たれますねw

わたしはタイで色々カモになり徳を積みました。 微笑みの国で泣きました。(実話) でもタイは好きよ。

持てる者が持たざるモノに何かを渡すのは徳点が高い行為ですから(目逸らし

トゥクトゥクに乗った際タイシルクの店に寄ってもらえればマージンがもらえるのでお願いしたい。降りる際には紙を渡され「貧しくトゥクトゥクのガソリン代が足りません。どうぞ助けてください」と日本語で書いてありました。その間「マダム」と呼ばれ続けマダム感ゼロの私には堪えました。他諸々と。

さすが仏教国(極東のほうから目を背けながら)

「徳を積む」ってこういう「利他的なこと」と「利己的なこと」とが同居してるんだよね。

神様を電飾で輝かせることすら徳を積む事になってるらしい。

タイの仏教における「タンブン」とは何か

早朝のタイのメコン川。雨上がりの清々しい空気に、僧侶たちが唱える経文の声が響きます。仏教国のタイでは、朝早くに通りを歩くと托鉢をする僧侶に出会うこともしばしば。僧侶にお供え物を寄進したり、お寺に寄付をすることを「タンブン(徳を積む)」といい、タイではとても大切な習慣となってます。

今日はタンブンというのをしました!徳を積むっていう意味で、善い行いをすると来世で幸せになれるという仏教の考え方で、善い行い=徳を積むってことみたいです。 日本でいうと必勝祈願と同じ感じのものだと思います! ただすっごく長い👊苦笑 10人近くのお坊さんが来てお経を4時間近く😅

生き物を逃す=徳が高まる(タンブンする という)→徳が高まると来世でお金持ちになれる なので逃す用の鳥とか亀とか売ってるし、貧乏な人でも来世のために地道にタンブンしてる 逆に言うと今世で成り上がろうとかそういう意識ある人が少ない

タイの文化では、人が亡くなるときというのは、タンブン(徳を積むこと)を多く積むときだと考えられています。けれども、功徳を積むのにより重要なのは、私たちの日常生活においてです。

ワット・ポーの涅槃仏の背に回るとお堂の壁に108個の入れ物があるんだけど、参拝者は20バーツの募金をするとなぜか120枚ほど25サタン硬貨(つまり30バーツくらい)を貰うことができて、入れ物に1枚ずつ硬貨を入れることで「ทำบุญ(tham bun、タンブン=徳を積む)」することができる。10枚以上余った。

タイの寺院では小鳥をカゴに入れて売ってあるらしい。これはペットを売ってるのではなく、買った小鳥を空に逃がしてあげることで徳を積む(タンブン)ことができるのだという。このビジネスを考えた人は極悪人で、買うやつも売るやつも等しく小悪党な気がするんだが…

タイには『タンブン』といって『(募金する事で)徳を積む』という文化がある。それは『人の為でなく自分の為』にしている・・僕はその考え方が好きだったりする。

タイの仏教と日本の仏教の違い

現在、タイなどで信じられてる上座部仏教は自力で執着の全廃を目指すタイプの仏教で、日本などで信じられてる大乗仏教は菩薩におまかせタイプの仏教。 でも、大乗仏教って結局「全知全能の存在に全てを頼る教え」なので、一周回ってすげえキリスト教やイスラム教に似てるんだよな。そこが面白い。

中学校までタイに住んでて、クラブでEDMのDJしてる日本人の子が会社にいてるんだけど、少し仏教の話をふったら、盛り上がってしまった。クラブでDJやってる様な子でも「家族の為に一回は出家しときたい」と言ってた。日本人だけどタイの仏教って影響力が本当に凄い!

タイと日本の仏教、僧侶の役割の違いもわかってはった。タイの上座部仏教からしたら、大乗仏教でなおかつ日本仏教の僧侶の事は理解できないと思ってたけど、違った。「(日本の僧侶が)俗世の様な生活をしないと、みんなを救えない、という考えもわかる!」って言ってた。

タイで一般的な仏教の流派は、上座部仏教。 中国大陸・朝鮮半島を経由して日本に伝わった大乗仏教と異なり、個々人の努力や修行によって悟りを目指すというものでござる。 そのため、タイのお坊さんは、日本のお坊さんとは比較にならぬほど厳しい戒律を守る生活をしているとか。

タイやカンボジアでは、 人の頭を触るなよ。 子どもの頭をなでるのもだめだ。 激しいツッコミで頭をはたこうもんなら殺されても文句言えんぞ。 タイをはじめとした上座部仏教の国では、右手と頭、とくに頭は神聖なものだ。 仏が乗っている。 海外に行くときは、 その国の宗教や慣習、文化を学べよ。

タイ🇹🇭での洞窟からのレスキューには救おう!助かってよかった!と前向きな気持ちと感謝の心で現場は溢れている。これが日本なら批判的な“気”でいっぱいだっただろう。実際に私もダイバーが犠牲になられた時に子ども達の行動を夫と息子の前で批判したもの。ここがタイの仏教信仰心との違いかと反省。

タイは日本と違い今でもガンガン寺が多くて仏教の国だしこの中で地獄や極楽がアップデートされててそこが面白い。お坊さんみんなLINEやってるし。日本だと常世、隠世はそんなアップデートするイメージないので日本生まれの自分がイメージする神道、仏教ミックス的世界をVRMVにできて良かった